ヌード広告の「不快」
Guardianより、ロンドンの地下鉄でヌード広告が掲載禁止になったという記事。
あら〜どこかで聞いたような、という感じではあるのだけれども、ここで問題になっているのは、Royal Academy of Artsのクラナッハ展のポスターで、ヌードというのは、このヴィーナス。つまり、ヌードとは言っても、500年近く前の絵のお話。
Lucas Cranach the Elder, Venus, 1532. Oil and tempera on red beechwood, 37.7 x 24.5 x 0.5 cm. Städel Museum, Frankfurt am Main, Inv. Nr. 1125. Photo ©: Jochen Beyer, Village-Neuf
で、このヴィーナス像をクラナッハ展のポスターに使用する予定でもう印刷目前というところで、ロンドンの地下鉄での広告としてはふさわしくない、とダメだしを食ったのだとか。掲載の是非を判断しているところのガイドラインによると、
advertising should not "depict men, women or children in a sexual manner, or display nude or semi-nude figures in an overtly sexual context"
とのことで、要するにこの絵はあからさまに性的な文脈におけるヌードである、という判断がなされたということなのだろう。この団体のスポークスマンによると、このような広告の掲載が認められないのは、乗客に「不快感を与えない(not to cause offence)」ようにするためだということで、そのあたりも、まあなんてついこの間聞いたばかりのお話かしら、なのだけれども。
正直これはかなり間抜けな判断だという気持ちが拭えないのだけれども、にもかかわらず同時に、非常に多様で多数の人が利用する場所での広告掲載において「不快感を与えない」ことを目的としなくてはならないとすれば、そしてかつ、その時の判断の恣意性を極力減らそうとすれば、こういう判断を下してしまうことになるという事態も、なんとなくわからないではない。
そもそも何が不快感を与え、何が不快感を与えないのか、あるいはどのような場で不快感を与えることがそもそも意図され(場合によっては奨励され)るのか、ということについての合意を得るのは、とても難しい。
この件についてのこちらの記事で例が出されているのだが、たとえば、エゴン・シーレのこのヌードや、メイプルソープのこの写真(これは実際に日本では税関で没収になって裁判になった記憶がありますが、違うかも<調べろよって感じですが)になれば、それを「不快だ」と考える人の数は増えるだろうけれども、クラナッハのヴィーナスは地下鉄の広告として不快とみなすべきではないがメイプルソープのポリエステル・スーツの男は不快とみなすべきだ、という合理的な理由を提示するのは、それほど簡単なことではないように思う*1。
だからこそ、例えば写真では性器を露出してはならないとか(そうすると上のメイプルソープは没)、写真だろうが絵であろうが性器の露出はダメとか(そうするとシーレは没)、あるいはヘアはダメとか(そうするとヴィーナスも没)、乱暴に決めることになるのだろう。で、もちろんそれはそれで問題はあるわけで、じゃあもう少し丁寧に考えるべきだということになると、例えば上のように「露骨に性的な文脈でのヌード表現はやめましょう」というように「文脈」を持ち込まざるを得ない。ところが文脈を持ち込むと、文脈の解釈という点で、またもや合意を得るのが難しくなってしまう。堂々巡りですよ。そもそも女性ヌードが「芸術」という名目のもとで消費されてきたということがある種の共通認識になっている以上、いくら500年前のものであっても、「不快ではない(=安心してじろじろ見てもよい)ヌード」を再生産すること自体の問題も無視してすませるわけにもいかないのだろうし。
というわけで、何となく、判断する側も大変なのだろうなという気はいたします。わたくしはロンドンの地下鉄の広告についてそれほど覚えているわけではないのですけれども、もしも本当に本当にいっさいの「あからさまに性的な文脈でのヌードやセミヌード」が許可されていないのであれば、それはそれで一つの判断なのだろうな、と。ある意味では、ロイヤル・アカデミーだから仕方ないかなとか、これは「アート」だから仕方ないかな、というよりも、もしかしたら良心的なのかもしれない。地下鉄から一歩出れば不快なヌードも性的な脅威も満ちあふれてるのに、この偽善者!とののしられることは、先刻承知の上なのだろうし。
何が言いたいのかというと、「露骨に性的」な女性セミヌードについては、どんなに抗議があってもそれをあっさりと黙殺して、広告掲載を続けているにもかかわらず、男性ヌードが登場したとたんに「これはセクハラ」と掲載を拒否したどこかの鉄道会社とくらべれば(誰に対するセクハラなんだか)、500年前の芸術作品にえいやっとダメ出しする方が、まだしも腰が座っていると思います。勝ち負けで言うとロンドンの勝ち、みたいな。