見てるわよ。見張ってるわよ。

数ヶ月前から気になっていた症状についてとりあえず「大丈夫ですよ」のお墨付きをもらいたいという安易な動機で、昔通ったことのある総合病院まで出かけた。「もういい加減若いわけじゃないのだから怪しいと思ったら病院でチェックアップをしろ」という家族の圧力に負けたというのか。実際にわたくしのまわりでも、あ。と気がついたら何かの病気だった、という人が増えていて、自分でも少し不安になってきたというのか。
で、それはどうでもいいのだけれども、病院の近所のそこここに以前には気がつかなかった掲示が張り出してあった。

このまちは 通報するまち 見てるまち

正確にはちょっと違うかもしれないけれども、大体の雰囲気はこんな感じ。
いえ、意図は分からなくはないです。でもって、多分普通に歩いて通り過ぎる分にはあんまり何の関係もないのかもしれないのですけれども、でも何だかものすごく怖い感じが。見てるよりも先に通報するが来ちゃうあたりも味わい深い。とにかく通報。何を見て何を通報するのか知らないけれども、アルチュセール/バトラー風に言えばこの標語そのものによって「通報される人間」として「呼びかけ」られてしまうような、別に何の悪事もたくらんではいなかったのに、この標語を見た途端に自分のことを「通報されるような悪いことをする可能性のある通行人」として意識してしまうような、そんな標語だ。すてき。
そんな「まち」はきっとご近所の目が行き届いて安心・安全なのだ。嫌味とかではなくて、本当に、防犯上は。それはわかってはいるのだけれども、やっぱりそんな「まち」に住むのはなんだか、いや。
かなり昔、わたくしがまだ若かった頃、イギリスを旅行してまわっているとNeighbour Watchというサインの出ている地区に出くわすことが何度もあって(Neighbourhood Watchだったかしら。ちょっと曖昧)、あれも怖かったなあ。一々しつこくレースのカーテンがかかった窓の後ろから住人がこちらをじとっと眺めているような、そしてその中の誰かがちょいと表に出てきて通りがかりの旅行者を殺して裏庭に埋めちゃっても、御近所さんたちはそれをじとっと眺めているだけで絶対に助けてくれなさそうな、若いわたくしのアタマの中でそんな「おそろしい郊外」のイメージが一気に爆発して、それなりに小奇麗で安全そうだったイングランドの村が、そのサイン一つで不気味さ満載なモダン・ゴシックに。