イラン人青年強制送還について、周辺資料およびメモ

追記(03/03/08)

最新情報がデルタGに出ています。

本日(3日)の尋問で送還についての決定が出るそうで、現在はロッテルダム拘置所にてハンストを継続しているそうです。また、この声明によれば

the British authorities who, according to a bureaucratic procedure that is difficult to modify, would immediately expel him to Iran(太字はtummygirl)


ということで、英国に引き渡された場合にはイランへの送還が比較的早急に行われるような印象はあります。

誰もフォローしなかったら翻訳アップしなくちゃいけないかなと思っていたのですが、助かりました。ありがとうございます。

イラン人青年強制送還について、周辺資料およびメモ

メフディさんの件についてリサーチをしている時に気になった参考資料を幾つか、並べておきます。

Inside Iran's Secret Gay World


まず、イランのゲイライツ運動について、カナダCBCのドキュメンタリー(2007年2月放映)。IRQO(Iranian Queer Organization)創始者などが出てきます。タイトルは Inside Iran's Secret Gay Worldですが、トランスについても触れられています(同性愛とは違ってトランスセクシュアルは政府で承認されているために、あえてトランスの道を選ぶ同性愛者もいること。しかしその場合も、非常なトラウマと多大な経済的負担が負うことになってしまうので、トランスの方が恵まれているとは言えず、むしろクローゼットとして存在できる分同性愛者の方が「まだまし」だと考える人もいること、など)
英語字幕がところどころ非常に読み取りにくいのですが、大体のところは分かります。





先のエントリで書いたことと重なりますけれども、ゲイ男性同士の交流について、当局側が「おそらく」かなりの情報を把握しており、必要に応じておとり捜査のようなことをして逮捕が行われる、という話が出ています。けれども、大規模な一斉検挙は行われないのです。これは、「適当に見逃している」からではなく、大規模な一斉検挙によって「ゲイライツについての議論が表面化することを避けるため」だという説明がされています。

つまり、システム化された徹底的かつ全面的な抑圧ではなく、ある意味で恣意的な検挙と処罰とを行うことで、抑圧を人権問題として表面化させる事を回避しつつ、しかも抑圧対象となりうる人々には十分すぎる恐怖と具体的な脅威を与えることができる。そう考えると、イランからの同性愛者の難民申請において「同性愛者であることのみを理由にした組織化された深刻な生命への危険」の有無を問うことの問題が、より明確に見えてきます。「組織化された」抑圧を行わないというまさにそのことが、抑圧の体制を維持し強化する働きをしているわけなのですから。

A Jihad for Love


同時に、これはペガーさんの時にも言及されていたことだとは思いますけれども、このような事例が「イラン信じらんない」「イスラム国家って正直怖い」というような、野次馬的な感慨に結びついて終わることのないように、それにも注意をしておきたいとは思います。今更そんな単純な反応する人はいないだろうと思っていると、意外にいたりすることもある今日このごろなので、一応。

とりわけ北米(とりわけUSA、ですか。笑)が絡んできた場合に、北米(あるいはEU諸国も含んでもいいかもしれませんが)の非ムスリムLGBT、在住ムスリムLGBT、そしていわゆる「イスラム圏」在住のムスリムLGBTとの間の関係は、言うまでもありませんけれども、brothers/sistersなりfriendsなりという表現で言い表せるほど単純なものではありません。

たとえば、9/11の後の合衆国において、いわゆる「欧米的な」ゲイライツ運動を行うムスリムLGBT団体がイスラム的偏狭さに対する近代的な抵抗勢力として表象され(自らもそのように自分を位置づけ)、そしてその過程においてそういう近代的抵抗が可能になる国家としての「合衆国」の(イスラム国家に対する)優越性が確認される傾向があった、という分析があります。*1

2007年のトロントや今年のベルリンの映画祭で上映された A Jihad for Loveという映画(TLGFFに来るでしょうか)は、そのような9/11以後の合衆国の政治的な空気の中で、ムスリムでありかつLGBTであることを模索しようとしたドキュメンタリーだそうです。監督のインタビューを含む記事がこちら。この記事の論調それ自体には何だか危ういところも色々あるのですけれども、それとは別に、監督の次のコメントに見られるある種の感情的な必然性というものを、失念してはいけないと思っています。

"It would have been easy to make a film that was just critical of my religion. But I worked very hard together with my subjects to make sure that the beauty of the faith they hold so dear is documented with absolute honesty and integrity."
私の宗教(イスラム)をただ批判するだけの映画をとるのであれば、簡単だったと思います。けれども私は映画に出てくれた人達と協力して、彼らが大切にしている信仰の美しさを限りなく誠実かつ完全に記録するようにつとめたのです。


こちらもついでに。監督インタビューもふくめた映画の紹介です。



こういう事を今書く必要があるのか、切実な危険に直面しているメフディさんの件こそが重要なのであって、その事に直接関係しない情報なんて無意味だ、と思う方もいらっしゃるかもしれないのですけれども、それこそ「被害者というシンボルを取り合う」ことが行われがちなのは、このようなケースでも同じことなので。


向かってはいけない方向


ある意味それを象徴するというか、メフディさんについての情報が本当に少なかった時にたまたまgoogleで引っかかってきた記事を最後に紹介しておきます。なんと言うか、反面教師と言ってはいけないのかもしれませんけれど、でもやっぱり反面教師として。というより、色々リサーチしていて、この記事だけ本当にどうしようもなく腹がたったので、というのが正しいのかもしれない。

まずその前に、同じIRQO(Iranian Queer Organization)からこちらのアピール。
マレーシアで難民申請をしているイラン人同性愛者青年からのアピール
この青年はイランを抜け出してマレーシアまで到達、そこでUNHCRに対する難民申請の手続きをしているところ。ただ、手続きに時間がかかっており、その間合法的な仕事につけないために生活が困窮を極めており、もう限界に近づいている、と。

I had plans. I wanted to write books. I wanted to share my experiences. I wanted to help gay men to better understand who they are.
私には計画があった。本を書きたかった。自分の経験を分かち合いたかった。他のゲイ男性が自分自身のことを理解する手助けをしたいと思っていた。


I wanted to speak with people to help them to understand that I deserve to live too. But this is my life now and as I am writing this letter my life is over. But what I can't understand is what I have done so wrong that I deserve to have my body burnt by cigarettes. I can’t understand what I did wrong that I must be beaten with a gun. But this is life.
人々と話をして、私には生きる価値があるのだということを分からせたかった。けれども、今やこれが私の人生であり、この手紙を書いている今、私の人生は終わっているのだ。私にはわからない。いったい私が何をしたから、身体にたばこを押し付けられるような目にあわなくてはならないというのか。私にはわからない。私がどんな間違いを犯したから、銃で殴られなくてならないというのか。でもこれが人生なのだ。


I cannot make my plans with an empty stomach. I cannot continue this life. I need your help now. Please help to show me a more just life. I am still young. I want to be alive but I don't know how. Please contact me and show me the way.
何も食べていないのに計画などたてることもできない。こんな人生を続けていくことはできない。今、あなた方の助けが必要なのです。もっと公正な人生を私に示して下さい。私はまだ若い。生きていきたいのに、どうすれば生きていけるのかわかりません。私に連絡を下さい。どうすればいいのかを教えてください。


HELP ME NOW, TOMORROW IS TOO LATE. I beg you.
助けて下さい、今すぐに。明日では遅すぎます。お願いです。


I AM TIRED.
もう疲れてしまった。


で、肝心の「反面教師」が、イスラエルのタブロイド紙(らしい)の運営するYnetnewsのこのページ

見てもらえばわかるのだけれども、基本的にはアピールの手紙を引用している。それはいいのだけれども、イランでどういう目にあったのか、どれほどつらいのかという、まあタブロイド紙らしい「恐怖物語」に限られていて、実際のアピール部分は見事に削除。

Ironically, Sepehr is looking for his salvation from the very God in whose name he was being persecuted: "Now I am praying. I am crying. I am begging my God to help me.
彼は神に救いを求めている。しかし皮肉なことに、彼はまさにその神の名のもとに迫害されてきたのである。「私は祈っている。私は泣いている。私は神に助けを乞うている。」


これは人にあてたアピール文であって、明らかに彼は、IRQO(と他の国際的なLGBT団体/人権団体)に助けを求めているのだけれども、それは無視。興味のあるのは恐怖物語と、おそらく(断定はできないながら)政治的な気分づくりです。*2



現時点での関連情報リンク


UK Gay News: Gay Iranian Teen Asylum Seeker Goes on Hunger Strike As He Faces Return to UK:もともとの情報が出てきたところ。今までの記事へのリンクあり
19歳イラン人ゲイ、2月26日オランダから英国へ送還、イランへ強制送還の恐れ - に し へ ゆ く 〜Orientation to Occident:これまでの経過など

署名サイト
tnfuk:イラン人男性の英国による強制送還の可能性をめぐるオンライン署名の日本語化

在オランダのイラン人少年を救出します! - デルタG:EveryOneの声明についての詳細な記事
Mehdi Kazemi: Iranian Gay Refugee Risks Deportation From the United Kingdom, Urgent Appeal to Europe:Gays Without Borders EveryOneの声明がまだEveryOneのサイトでは見えない(ような気がする)のですが、こちらにはアップされている。署名サイトへのリンクもはった模様。

*1:Anjali Arondekar, 'Boder/Line Sex: Queer Postcolonialities, or How Race Matters Outside the United States', _interventions_ Vol7(2), 2005, 236-50.

*2:以前に出席した学会で、イスラエルをめぐる中東の緊張関係を背景に、「イスラエルではLGBTの権利が比較的認められており、<従って>イスラエルこそが欧米と肩を並べる近代国家であって、<従って>中東における国家としての存在の優先権を持つのだ」というロジックがしばしば動員されている、という批判を聞いたことがあります。「LGBTの権利」が、他の点における権利の蹂躙を正当化する目的で持ち出されるわけです。