検閲を知らしめる

中国に出張をしておりました。出張前準備が間に合わずに放り投げていたあの仕事やこの仕事(まだ終わってないですごめんなさい)にすっかり小突き回されているのに加えて、どうやらちょっと風邪をひいたらしく、この数日声は出ないわ喉は痛いわ身体はだるいわで、へろへろです。

マスクをつけてげほげほしながら「きっと鳥インフルエンザです〜」と言うのだけが楽しみ<おい。いや、熱が出ないのでインフルエンザではないですよ、とあっさり医者に却下されたのだけれども(あわよくばお墨付きで仕事を休もうと思っていましたのに、それで休めなくなりましたわ。しくしく)。

それはそれとして。中国滞在直前にチベットの件があって中国のテレビでもそれを見ていたのだけれども、その時に、ちょっと不思議なことがあってよく理解できないので、書き留めておく。

二つのホテルに滞在したのだけれども、そのうちの一つにはCNNとかは入っておらず、CCTVの英語放送が入っていた。中国語がわからないわたくしはその英語放送を見ていたのだけれども、こちらではまあ当然というか、ありがちというか、チベットでこんな暴動をおこす若者がいて大層困ったことであった、どうやら暴動はおさまりつつあり、人々も平常な生活を取り戻そうとつとめていはいるものの、純真な子供たちはトラウマを負い(「怖かったの〜」という子供のインタビュー挿入)、罪もない善意の市民が巻き込まれて負傷し(老父の無事を確かめにいこうとして暴徒に襲われたという漢人の医師のインタビュー挿入)、本当にもうああいう輩はいけませんね、という雰囲気。

渡航直前に一応ニュースを見ていたので、その臆面もない粉飾ぶりに苦笑いしか出ない気がする反面、一連の「暴動」を扱うCCTVの報道のてさばきが、たとえばパレスチナの「暴動」に関する「自由世界諸国」におけるそれを見事に反復していることもまた明らかで、それを思うと、苦笑いではすまないどす黒さが。

で、これは別に不思議なことではなくて、不思議だったのは、もう一つのホテルでのCNN放送。

CNNでも当然チベットの事件を報道していて、中国政府による弾圧があったとか、そういうことも話していたのだけれども、その中で、チベットへの旅行客の一人がその様子をビデオ撮影したものを入手した、というくだりがあった。

そこまではCNNは普通にニュースを流していた。ところが、そのビデオ映像のところに入ると。

すなあらし。

1分あったかなかったか。しばらくたつと、何事もなかったように元の画面に切り替わる。

最初のときは非常にタイミングの悪い故障かと思った。だって、あれです。その直前までの話は全部伝わっているわけです。その映像だけ切ることに何の意味があるのだろうか、と。

けれども、同じことが二度あったので、おそらくあれは意図的なカットなのだと考えるべきなのだろう。でも、そうだとすると、このカットの意味はいったい何なのだろうか。

英語がわからないけれども映像は見ることのできる中国国民に、映像を見せないため?しかし、その前にもそれとは違うにしても写真はあるわけで、何の話をしているのかは明確だろう。そもそも、チベット問題についての話をしているらしいという事すら想像できない程度の英語力で、CNNを入れている家庭が、中国にそれほどあるのだろうか(<これは反語ではなくて全くわからないのですが)。

チベット問題についての話をしており、「暴動」があり、政府が強硬な介入をし、その様子を映像でとった人がいたらしい、ということがわかった場合、その映像それだけをきることに、どれだけの意味があるのだろうか。むしろ、「どんな恐ろしいことがあったのだろう」という想像をかきたてるだけではないのだろうか。どうせあれだけ露骨に検閲を入れるのであれば、なぜチベット関連のニュース全体を切り取ってしまわないのだろうか。それでは「すなあらし」の時間が長すぎてしまうからなのか。「映像」それ自体だけが特別に大きな力を持つと考えているからなのか。しかし、映像の持つ力をそれだけ重視しているとすれば、逆に、「映像だけを切り取る」ことが、何か重大な事実が隠蔽されているのではという疑いを強力に掻き立てることにつながりかねない、という結論に、なぜいたらないのだろうか。

あるいは、検閲が入るのだという事実を見せることに意味があるのかもしれない、とも思う。国営放送であるCCTVで働いている検閲が不可視化されているとすれば、「外国の」メディアであるCNNに働く検閲は非常に可視的なものだ。可視化された検閲は、その存在自体が、特定の社会において何が存在を許され、何が存在を許されないのかについてのメッセージであると考えれば、検閲によって切り取られる対象の可視性ではなく、検閲行為そのものの可視性こそが、ここでは問題になっているのかもしれない。

あるいは単純に、CNNとの何らかの契約なり何なりの関係で、いわば「地の文」というのか、スタジオでニュースを読むシーンについてはカットをしない、というようなことがあるというだけなのかもしれない。

本当にわかりません。もしご存知の方がいらしたら教えてください。